IIJのITU-T SG3参加について

2018年06月19日 火曜日


【この記事を書いた人】
佐々木 太志

2000年IIJ入社。2007年にMVNO事業の立ち上げに参加。その後はIIJmioモバイルサービスの企画の傍ら、MVNO事業の戦略・渉外担当を務める。twitterの公式アカウント@iijmioの中の人。

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ITU-Tとは?

本年4月から、IIJはITU-T(国際電気通信連合 電気通信標準化部門)のStudy Group 3(SG3、第3研究委員会)に参加しました。ITU-Tの名前は、もしかしたらITU-Tが策定した国際標準、例えばMPEG4の動画圧縮規格である「H.264」やアナログモデムの通信規格「V.22bis」「V.34」などの枕詞としてご存じの方もいらっしゃるかもしれません。

ITU-Tは、ITU(International Telecommunication Union、国際電気通信連合)の一部門ですが、そのITUは、情報通信(ICT)分野を担当する国連の専門機関です。ITUには、無線通信を担当し周波数の割当てなどの議論を行っているITU-R(無線通信部門)、ICTの発展途上国での普及を目指すITU-D(電気通信開発部門)、そしてICTに関する標準化を議論するITU-Tの3つの部門が存在しており、その他に、ITUの運営や会計などを担当するGeneral Secretariat(事務総局)が置かれています。

ITUは、国連の機関ですから本来的には国家が参加者となります。ですが、ICT分野では必ずしも国家が全てを主導している訳ではありません。様々な現実的課題は通信事業者や通信機器ベンダーが主として直面していますし、専門的な知識の面で民間の標準化団体や学究機関にもメンバーシップを開放した方がよりよい標準化が可能となります。そのため、ITUのメンバー種別は次の4つに分かれています。今回、IIJはAssociate Memberとして参加しています。

ITUのメンバー種別

種別 役割
Member States 政府や規制機関
Sector Members 企業や団体、地域・国際機関
Associate Members 1つのStudy Groupのみに参加する企業や団体
Academia 大学や研究機関等

ITU-Tでは、様々な課題を議論するにあたり、Study Groupと呼ばれるグループにより、テーマに沿った議論を行います。2017年に始まり2020年まで予定されている現在の研究会期においては、ITU-Tには11のStudy Groupが置かれています。

ITU-TのStudy Group(2017~2020年研究会期)

SG 担当業務 議長
SG2 Operational aspects サービス提供の運用側面及び電気通信管理 Philip RUSHTON(英国)
SG3 Economic and policy issues 料金および会計原則と国際電気通信・ICTの経済と政策課題 津川 清一(KDDI)
SG5 Environment and circular economy 環境、気候変動と循環経済 Maria Victoria SUKENIK(アルゼンチン)
SG9 Broadband cable and TV 映像・音声伝送及び統合型広帯域ケーブル網 宮地 悟史(KDDI)
SG11 Protocols and test specifications 信号要求、プロトコル、試験仕様及び模造品対策 Andrey KUCHERYAVY(ロシア)
SG12 Performance, QoS and QoE 性能、サービス品質(QoS)及びユーザー体感品質(QoE) Kwame BAAH-ACHEAMFUOR(ガーナ)
SG13 Future networks (& cloud) IMT-2020、クラウドコンピューティングと信頼性の高いネットワーク基盤設備を中心とした将来網 Leo LEHMANN(スイス)
SG15 Transport, access and home 伝送網、アクセス網及びホームネットワークのためのネットワーク、技術及び基盤設備 Stephen J. TROWBRIDGE(米国)
SG16 Multimedia マルチメディア符号化、システム及びアプリケーション Noah LUO(英国)
SG17 Security セキュリティ Heung Youl YOUM(韓国)
SG20 IoT, smart cities & communities IoTとスマートシティ・コミュニティ Nasser Saleh AL MARZOUQI(UAE)

SGの中には、より円滑に議論をするために、Working Party(WP)と呼ばれる小グループを設置しています。SG3では、WP1~WP4の4つのWorking Partyが存在しています(Study Groupの番号である3を後に付けて、WP1/3のように表記します)。

また、WTSA(世界電気通信標準化総会)ではそれぞれのStudy Groupが担うQuestions(研究課題)についても決められます。2016年のWTSAでは133件のQuestionsが承認されました。このうち、SG3が担うQuestionsは13個で、どのWorking Partyが研究を担当するかが決められています。

更に、地域的な課題を議論するためのRegional Group(地域グループ)が5つ置かれています(アジア・オセアニア、ラテンアメリカ、東ヨーロッパ・中央アジア・トランスコーカシア、中東、アフリカ)。

SG3のQuestions

Q TITLE
Plenary(全体会合)
Q5/3 関連する経済的および政策的問題に伴う料金と会計原則を扱う勧告の用語および定義

Terms and definitions for Recommendations dealing with tariff and accounting principles together with related economic and policy issues

WP1/3 (Charging and accounting/settlement mechanisms)
Q1/3 ユーザニーズの進化に既存Dシリーズ勧告を適合させることを含む、NGNや将来のネットワークを使った国際電気通信サービスの課金、会計、精算メカニズムの発展および将来の発展の可能性

Development of charging and accounting/settlement mechanisms for international telecommunications services using the next-generation networks (NGNs), future networks, and any possible future development, including adaptation of existing D-series Recommendations to the evolving user needs

Q2/3 ユーザニーズの進化に既存Dシリーズ勧告を適合させることを含む、Q1/3で取り上げられる以外の国際電気通信サービスの課金、会計、精算メカニズムの発展の可能性

Development of charging and accounting/settlement mechanisms for international telecommunications services, other than those studied in Question 1/3, including adaptation of existing D-series Recommendations to the evolving user needs

Q13/3 多国間地上ケーブルの協定における料金や課金問題の研究

Study of Tariff, Charging Issues of Settlements Agreement of Trans-multi-country Terrestrial Telecommunication Cables

WP2/3 (General economic and policy factors related to provision and cost of ICT services)
Q3/3 国際的な電気通信サービスの効率的な提供に関連した経済的、政策的要素の研究

Study of economic and policy factors relevant to the efficient provision of international telecommunication services

Q4/3 関連する経済的および政策的問題に伴うコストモデルの発展に向けた地域的研究

Regional studies for the development of cost models together with related economic and policy issues

Q8/3 設備やCLI、CPND、OIを含むサービスの不正利用、悪用と代替的な発呼手順

Alternative calling procedures and misappropriation and misuse of facilities and services including calling line identification (CLI), calling party number delivery (CPND) and origin identification (OI).

Q12/3 モバイルファイナンシャルサービスに関連した料金、経済的および政策的課題

Tariffs, Economic and Policy Issues Pertaining to Mobile Financial Services (MFS)

WP3/3 (General economic and policy factors related to the enablers of ICT services)
Q6/3 関連するIPピアリング、地域的なトラフィックの交換点、サービスの提供コストとIPv4からIPv6に移行するインパクトの観点を含む国際的インターネット接続性

International Internet connectivity including relevant aspects of Internet protocol (IP) peering, regional traffic exchange points, cost of provision of services and impact of transition from Internet protocol version 4 (IPv4) to Internet protocol version 6 (IPv6)

Q11/3 国際的な電気通信サービスおよびネットワークにおけるビッグデータとデジタルアイデンティティの経済的及び政策的観点

Economic and policy aspects of big data and digital identity in international telecommunications services and networks

WP4/3 (General economic and policy factors related to the regulatory aspects of mobile communications, competition and convergence)
Q7/3 課金、会計、精算のメカニズムと国境地区でのローミングを含む、国際的モバイルローミングの問題

International mobile roaming issues (including charging, accounting and settlement mechanisms and roaming at border areas)

Q9/3 国際的な電気通信サービスおよびネットワークにより実現したインターネット、サービスまたはインフラの収束、OTTなどの新サービスの経済的、政策的なインパクト

Economic and regulatory impact of the Internet, convergence (services or infrastructure) and new services, such as over the top (OTT), on international telecommunication services and networks

Q10/3 国際的な電気通信サービスおよびネットワークの経済的観点からみた、関連性のある市場の定義や競争政策、市場支配的事業者の識別

Definition of relevant markets, competition policy and identification of operators with significant market power (SMP) as it relates to the economic aspects of the international telecommunication services and networks

※本表の翻訳は筆者にて

このようにして広範な課題を扱っているSG3ですが、最大の特徴は「経済的、政策的課題」を扱うという点にあります。他の10のSGでは技術的、運用的な観点からの標準化の研究が主ですが(また一般的に標準化と聞くと技術面での標準化を想像する人が多いかと思いますが)、SG3だけは全く異なる、経済的、政策的な観点から議論します。このため、SG3においてはマンデート(権能)が問題になりがちです。

例えば、QoSに関してはSG12のマンデートであり同SGが標準化を担いますが、政策的な観点でのQoSの検討はSG3が議論の場として相応しいことが考えられます。他のSGとコンフリクトを起こすことなく、協調して研究を進めるため、必要に応じて他のSGとの情報交換のための文書(リエゾンステートメント)を作成・送付したり、他のSGとの合同セッションを企画したりしています。

ITU-Tの議論の様子と勧告化の流れ

2018年4月のSG3会合には、61ヶ国から104名が参加しました。SG3会合は、国連の公用語である6カ国語(英語、フランス語、スペイン語、ロシア語、アラビア語、中国語)への同時通訳が入ります。残念ながら日本語への通訳はありませんので、同時通訳のチャンネルを英語にあわせ、また発言するときは英語でする必要があります(もちろん他の言語でも大丈夫ですが…)。同時通訳を邪魔することがないよう議場は非常に静かで、発言者の声がマイクで拡大されることもないため、発言者の声を聞き取るために全ての参加者がヘッドセットを付けています。議論においては、議長に指名されて、その後に発言をするルールが徹底されています。

さて、ITU-Tの標準化作業のアウトプットはRecommendations(勧告)です。他のSGではこの勧告により技術的な標準が決められますが、政策面を専ら扱うSG3では、この勧告をベースに国の法制度が整備されていくこともあります。ITU-Tの勧告群は、アルファベットを頭に付けた番号によりシリーズ化されていますが、SG3の扱う料金原則や経済的、政策的観点からの勧告は、Dから始まる番号が振られています。

勧告化に向け、SGでは議論と合意形成が行われます。SG3では、Traditional approval processと呼ばれる合意形成手法が採用されていますが、これはSGでの合意形成の後 、Member Statesによる郵便投票により勧告として採択されるものとなります。SGレベルでの合意形成と言っても、いきなり各国が合意に至ることは難しいため、まずはWPや地域グループで議論を積み重ね、議論や文案が成熟するとSGにおいてDraft Recommendation(勧告草案)がdetermined(合意)される流れとなります。WPでの議論においては、各Question毎に選任されているRapporteur(ラポータ、報告者)が議論をリードすることになります。日本からはKDDIの本堂氏がQ2/3のラポータを務めており、またNTTドコモの大槻氏がQ12/3のアソシエイトラポータ(ラポータの補佐)を務めています。

ラポータによる会合を経て成熟化が図られた文書以外にも、地域グループで議論された文書、各国が単独もしくはいくつかの国で作成した文書など、様々な文書がSG3の議論の俎上に載せられることになります。これらの文書はContributions(寄書)と呼ばれます。昨今ではSG3の課題の拡大と共に寄書の数も増えており、2018年4月のSG3会合では85の寄書が世界各国から寄せられました。SG3会合に寄せられた寄書は各WP毎に割り当てられた時間の中で一つ一つ提案者から説明がなされ、その後各国からの参加者が寄書について議論をします。今回のSG3会合は全8日間の日程でしたが、その中で多数の寄書を議論する必要があるため、かなりハードです。

2018年4月のSG3会合では、事前のラポータ会合での議論が成熟したなどの段階を経た3つの文書について、勧告化に向けた合意がなされました。このうち、Q2/3に含まれるD.198は、日本の本堂氏がラポータとして事前のラポータ会合での議論の成熟化に尽力されており、SG3会合では非常にすんなりと合意に至ることができました。残る2つ(D.262、D.263)は、SG3会合の時点で各国の思惑にまだ開きがあり、単語の一つ一つが議論の俎上に上がるなどの喧々諤々の末に、何とかWP議長による合意宣言がなされたという、D.198に比べるとかなりの難産であった勧告でした。これら3つは、この後、各国による郵便投票の手続きへと進んでいきます。

2018年のSG3会合でdeterminedとなったDraft Recommendation

Question Number Title
Q9/3 D.262 Draft new Recommendation ITU-T D.OTT: Collaborative Framework for OTTs
Q2/3 D.198 Draft new Recommendation ITU-T D.Unipricelist: Principles for unified format of price/tariffs/rates-lists used for exchanging telephone traffic
Q12/3 D.263 Draft new Recommendation ITU-T D.MFS: Costs, Charges and Competition for Mobile Financial Services(MFS)

ジュネーヴの紹介

SG3会合の舞台となるITUの本部はスイス・ジュネーヴに存在します。ジュネーヴは、大噴水が有名なレマン湖のほとりにある永世中立国スイスを代表する都市であるだけでなく、国際連合欧州本部や国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、国際労働機関(ILO)、世界知的所有権機関(WIPO)などが置かれている国際都市でもあります。スイスの地図の中では、ジュネーヴは南西の端に位置しており、周囲をほぼフランスに囲まれている他、言葉もフランス語が使われます。日本からの直行便は残念ながらないため、他のヨーロッパの都市(パリ・フランクフルト等)で乗り継いで行く必要があります。

ジュネーヴ旧市街とレマン湖。右に見えるのが大噴水。

ITUの周囲には国連欧州本部(Palais des Nations)を中心とした国際機関が集中しており、昼食を他の国際機関のビルで食べることもできます。

ITUのビルディング。手前の木はサクラで、日本の総務省がITUの設立150周年を記念して寄贈したもの。

国連欧州本部。ITUからは大通りを挟んだ目の前にある。

SG3会合は8日間の日程ですので、どうしても週末を挟んで会議が続くことになります。週末には、市内の歴史的建造物を見学したり、トラムに乗ってフランスとの国境線まで遊びに行くことも可能です。ただ、土曜日の朝は、IIJmio meeting 19にSkypeで参加するためホテルにいましたが…。

市民の足はバスとトラム。旅行者には無料チケットが配布される。

旧市街にあるサン・ピエール大聖堂。その地下にはローマ時代からの遺構が遺っている。

レマン湖に向かい開けた郊外の斜面には一面のブドウ畑。ジュネーヴはワインの名産地でもある。

今後の取り組み

IIJは、これまで日本国内におけるMVNOの政策的課題に関する議論において、一事業者として、また所属する一般社団法人テレコムサービス協会MVNO委員会を通じて貢献してきました。ただフルMVNOとなったIIJの直面する政策的課題は、国境を越えてこの後徐々にグローバルにシフトしていくことが想定されます。5GやIoTの普及といった新しい移動通信のトレンドも、新しい政策的課題を生じさせていくことは間違いありません。

今後、IIJでは更に広い視野でMVNOの政策的課題を捉え、それらの議論に積極的に参加することで、更なるMVNO事業の成長を支えていきたいと考えています。現時点では、SG3においてMVNO関連の政策的課題は残念ながらないのですが、今後は世界各国のMVNOともSG3の場で連携できることを期待しています。またこれらグローバルな視点での議論のフィードバックを元に、日本のMVNOの政策的課題についても、これまで以上に積極的に関与して行けるのではないかと思っています。

佐々木 太志

2018年06月19日 火曜日

2000年IIJ入社。2007年にMVNO事業の立ち上げに参加。その後はIIJmioモバイルサービスの企画の傍ら、MVNO事業の戦略・渉外担当を務める。twitterの公式アカウント@iijmioの中の人。

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