入れ子構造を自由に拡張する – TypeScript版「Trees that Grow」
2023年04月03日 月曜日
CONTENTS
This is a Japanese translation of Flexiblly Extend Nested Structures – “Trees that Grow” in TypeScript.
抽象構文木(AST, Abstract Syntax Tree)の扱いに慣れた一部のHaskell開発者の間では、「Trees that Grow」というイディオムが一般的で、Haskellの最も有名なコンパイラ、GHCにおいても採用されています。今回は、この「Trees that Grow」をTypeScriptで実現するにはどうすれば良いかを共有しましょう。
あらまし
Haskellでは「Tree-Decoration問題」という問題を、open type familyという機能と基盤となる入れ子になった型を組み合わせることで解決します。一方、TypeScriptはopen type familyという機能を(少なくとも単純な方法では)サポートしていません。ところが、私は「Tree-Decoration問題」を解決する本当の鍵は、open type familyではなく、型引数を一つの構造体にまとめる手段にあることに気づきました。それは、TypeScriptではインデックスアクセス型によって実現できますが、現状知る限り、Haskellでは実現できません。
この記事に掲載する一部の重要なサンプルコードは、https://github.com/igrep/ts-that-grow にて利用できます。また、CodeSandboxにもプロジェクトを作ったので、ブラウザ上で直接実行することもできます。
問題
静的型付け言語で書かれたコンパイラは通常、コンパイル対象となる言語の抽象構文木を表す型を、ソースコードのどこかに含んでいます。大抵の抽象構文木型は再帰的に定義されているため、ノードを表す各種の型に追加の情報を加えるのが難しくなっています。
これからこの記事で最後まで使用する例として、次のような単純な抽象構文木型を用います:
// 数値リテラル、変数、変数への値のセット、関数式、関数呼び出し、 // だけが利用できる架空の言語の抽象構文木型 type Expression = Literal | Variable | SetVariable | Func | CallFunc; type Literal = { type: "Literal"; value: number; }; type Variable = { type: "Variable"; name: string; }; type SetVariable = { type: "SetVariable"; name: string; value: Expression; }; type Func = { type: "Func"; argumentName: string; body: Expression; }; type CallFunc = { type: "CallFunc"; function: Expression; argument: Expression; };
こちらが基盤となる型で、各ノードは最も本質的な情報のみを含んでいます。これからこの型にもっと豊富な情報を与えることで、様々なユースケースに対応できるようにしましょう。
例えば、ソースファイルのどこで各ノードが見つかったかを記録できるようにします:
type Expression = Literal | Variable | SetVariable | Func | CallFunc; type Location = { row: number; column: number }; type Literal = { type: "Literal"; value: number; location: Location; }; type Variable = { type: "Variable"; name: string; location: Location; }; type SetVariable = { type: "SetVariable"; name: string; value: Expression; location: Location; }; type Func = { type: "Func"; argumentName: string; body: Expression; location: Location; }; type CallFunc = { type: "CallFunc"; function: Expression; argument: Expression; location: Location; };
それから、名前解決が完了した後、各変数がどの名前空間に属しているのかも分かるようにしましょう:
type Expression = Literal | Variable | SetVariable | Func | CallFunc; type Location = { row: number; column: number }; type Literal = { type: "Literal"; value: number; location: Location; }; type Variable = { type: "Variable"; name: string; location: Location; namespace: { qualifier: string } }; type SetVariable = { type: "SetVariable"; name: string; value: Expression; location: Location; namespace: { qualifier: string } }; type Func = { type: "Func"; argumentName: string; body: Expression; location: Location; }; type CallFunc = { type: "CallFunc"; function: Expression; argument: Expression; location: Location; };
まだまだ、他にも足りない情報を加えたくなるかも知れません。
しかしここで問題です。新しく加えたプロパティは、あらゆる利用シーンで必要なものではありませんし、またある段階ではそもそも取得できない情報かも知れません。なので上記のExpression
型のような、一つの型にあらゆる拡張を加えていくと、やがて詰め込み過ぎになってしまいます。「関心の分離」という観点で考えて、型を分けるべきなのです。
当然この手の問題は、複合的な型を作っていると日常的に経験するものです。そうした場合にすぐ思いつく方法として、トップレベルのExpression
型だけを直接拡張する、という方法があります:
type Expression = Literal | Variable | SetVariable | Func | CallFunc; type Location = { row: number; column: number }; type ExpressionWithLocation = Expression & Location; ...
この方法は、対象の型が再帰的に定義されている場合はうまくいきません。Expression
型の場合、いくつかのノード ―― 具体的にはSetVariable
・Func
・CallFunc
―― がExpression
型を再帰的に含んでいるため、ExpressionWithLocation
型における& Location
は、そうした再帰的に含まれるExpression
型には適用されません。これが「Tree-Decoration問題」です。
不完全な方法1: 拡張を型引数にして、取り回す
読者のみなさんは前節の例を読んだ上で、「じゃあ、Location
を型引数にするのはどうだろう?」とまで考えつくかも知れません。
type Expression<Extension> = Literal<Extension> | Variable<Extension> | SetVariable<Extension> | Func<Extension> | CallFunc<Extension>; type Location = { row: number; column: number }; type ExpressionWithLocation = Expression<Location>; type Literal<Extension> = { type: "Literal"; value: number; } & Extension; type Variable<Extension> = { type: "Variable"; name: string; } & Extension; type SetVariable<Extension> = { type: "SetVariable"; name: string; value: Expression<Extension>; } & Extension; type Func<Extension> = { type: "Func"; argumentName: string; body: Expression<Extension>; } & Extension; type CallFunc<Extension> = { type: "CallFunc"; function: Expression<Extension>; argument: Expression<Extension>; } & Extension;
SetVariable
やFunc
、CallFunc
も含めた、Expression
型が現れる箇所をExpression<Extension>
に置き換えることで、型引数として渡したExtension
があらゆる型に&
で適用されます。
確かにこの方法は、Location
を拡張として渡す場合は何の問題もありません。実際のところ、これで十分だというケースも珍しくないでしょう。余計な複雑さを避けるためにもその方が賢明かも知れません。ところがこの方法だと、ExpressionWithNamespace
型はうまく作れません。前述のnamespace
というプロパティは、Variable
とSetVariable
ノードにのみ追加すべきなのです。
この話を一般化すると、ノードの種類によって異なるプロパティを追加したい場合、拡張を単一の型引数で表現するのは不十分だ、ということです。
冒頭で紹介した「Trees that Grow」という論文曰く、GHCの開発者達もまさに同じ問題に直面していました。GHCの抽象構文木型「HsSyn
」は、コンパイラがコンパイルする際の各フェーズで違う情報を抽象構文木型に加える必要があり、その上外部のライブラリーでも独自のカスタマイズを加えてHsSyn
を利用したい、という需要があったのです。「Trees that Grow」という手法が発明されるまでは、独立した抽象構文木型をそれぞれで作るといった、不完全な作戦で妥協するしかありませんでした。
解決策
オリジナルのアイディアに則り、type familyを用いる
件の「Trees that Grow」を紹介した論文では、「Tree-Decoration問題」を「open type family」というHaskellの機能で克服しました。残念なことに、TypeScriptは「open」な方のtype familyをサポートしていません。「typescript type family」で検索すると最初に見つかるページでは確かにTypeScriptでtype familyを実現する方法を紹介していますが、そこに出てくる例は「closed」なtype familyのみです。「open」なtype familyと「closed」なtype familyは、「条件と結果を後で追加できるか否か」という点で異なっています(「open」な方であれば後で追加できる)。詳しく知るために、TypeScriptがopen type familyを実装したと仮定して、比較してみましょう。
open type familyよりも先に、ひとまずclosedな方のtype familyが、TypeScriptでどのように実現できるか見てみましょう:
type CloseTypeFamily<SomeType> = SomeType extends number ? boolean : string;
こちらはTypeScriptで書いた最も単純な形のtype familyです。type familyは型についての関数で、型を引数として受け取って、また別の型を返します。上記のClosedTypeFamily
はSomeType
という名前の引数を受け取り、SomeType
がnumber
型であれば(あるいはnumber
のサブタイプであれば)boolean
を返し、そうでなければstring
を返すclosedなtype familyとなっています。
closedなtype familyについての説明は以上です。closedなtype familyは単なる、型を受け取って型を返す、それだけの関数です。TypeScriptはtype familyのために特別なキーワードを用意しているわけでもないし、上記のようにConditional Typesを使って簡単に書けてしまうので、TypeScriptを書く人達がtype familyに言及することは希でしょう。
では次はopen type familyの番です。実際のTypeScriptとしてはエラーになりますが、擬似的なTypeScriptで再現してみましょう:
type OpenTypeFamily<SomeType extends number> = boolean; type OpenTypeFamily<SomeType extends string> = object[]; type OpenTypeFamily<SomeType extends any[]> = { another: "case", youCan: "add" };
OpenTypeFamily
という名前でのtype
宣言が複数あることに注目してください。本来のTypeScriptでは禁止されています。これがopen type familyの重要な特徴です。open type familyは、引数となる型についての条件と、引数が条件を満たした際戻り値となる型を追加することに、開かれているのです。
OpenTypeFamily
は複数回宣言された際、どのように振る舞うのでしょうか?もし私がTypeScriptにおけるopen type familyの設計をしていたら、以下のように作るでしょう:
type OpenTypeFamily<number> // boolean を返す。 type OpenTypeFamily<string> // object[] を返す。 type OpenTypeFamily<number[]> // { another: "case", youCan: "add" } を返す。 type OpenTypeFamily<boolean> // マッチする引数がないので、型エラー。
この記事にとって重要なことではないので割愛しますが、簡単に言うと、open type familyは、宣言された条件をすべて探索し、与えられた型引数に最も合致する型が見つかったら、対応する型を返します。
グローバルなインタフェースをopen type familyの代わりに使う
前節の冒頭でお話ししたとおり、TypeScriptはopen type familyを提供していません。しかし実を言うと、「Trees that Grow」をTypeScriptで再現するだけならば、open type familyの完全な機能は必要ありません。TypeScriptはopenなtype familyに似た機能をすでに備えていて、なおかつその機能で「Trees that Grow」の要件を満たすことができます。
その機能はinterface
です。TypeScriptのインタフェースは、文字列のリテラル型1を受け取って、型を返すtype familyのように使うことができます:
interface TypeFamily { foo: boolean; bar: object[]; baz: { another: "type"; }; } TypeFamily["foo"] // boolean を返す TypeFamily["bar"] // object[] を返す TypeFamily["baz"] // { another: "type"; } を返す
インデックスアクセス型のおかげでインタフェースは、インデックス演算子を通じてキーとなる型を受け取るtype familyだと見なすことができます。
キーとなる型は型引数として渡すこともできます:
interface TypeFamily { foo: boolean; bar: object[]; baz: { another: "type"; }; } type GetTheValueType<Key extends keyof TypeFamily> = TypeFamily[Key]; GetTheValueType<"foo"> // boolean を返す GetTheValueType<"bar"> // object[] を返す GetTheValueType<"baz"> // { another: "type"; } を返す
プレイグラウンドで試す
以上が、インタフェースがtype familyになれる理由です。では、その「openさ」、すなわち、定義を後から追加できるという特性についてはいかがでしょうか?実は、インタフェースは元から拡張に対して開かれているよう設計されています:
// 先ほどの例の後にこちらを追記してみてください interface TypeFamily { anotherProperty: string; } GetTheValueType<"anotherProperty"> // string を返す
プレイグラウンドで試す
モジュールが同じ名前でのinterface
宣言を複数含んでいた場合、TypeScriptはそうした宣言を、一つのまとまったinterface
宣言として解釈します(詳細はTypeScriptのドキュメント、「Merging Interfaces」の節を参照)。
ただし、まだ一つ障害があります。TypeScriptが複数のinterface
宣言をまとめて一つのinterface
と見なせるのは、一つのモジュールの中に限られているのです。これではインタフェースが「Trees that Grow」に相応しくないことになってしまいます。というのも、「Trees that Grow」ではtype familyがモジュールをまたいで拡張できなければならないからです(後で例をお見せします)。
この問題を回避するには、インタフェースをdeclare global
ブロックの中で宣言しなければなりません。
declare global { interface TypeFamily { foo: boolean; bar: object[]; baz: { another: "type"; }; } } // ... 他のファイルにて ... declare global { interface TypeFamily { anotherProperty: string; } }
declare global
を使うと、上記のTypeFamily
は文字通りグローバルに利用可能になります2。これによって、TypeFamily
に新しい定義をいつでもどこでも追記できるようになりました。
グローバルなインタフェースでExpression
を拡張可能にする
前節では、ついに「Trees that Grow」を実現するのに必要なパーツを全て揃えることができました。いよいよグローバルなインタフェースでopen type familyを真似ることによって、「Tree-Decoration問題」を解決する方法を提案いたしましょう。
手始めに、最初に紹介した、拡張できないExpression
型を再掲します:
type Expression = Literal | Variable | SetVariable | Func | CallFunc; type Literal = { type: "Literal"; value: number; }; type Variable = { type: "Variable"; name: string; }; type SetVariable = { type: "SetVariable"; name: string; value: Expression; }; type Func = { type: "Func"; argumentName: string; body: Expression; }; type CallFunc = { type: "CallFunc"; function: Expression; argument: Expression; };
こちらの型を以降の手順に従うことで、拡張できるように修正します。
最初に、Expression
型と、Expression
型の各ノードを表す型に、型引数を一つ追加します:
type Expression<Descriptor> = | Literal<Descriptor> | Variable<Descriptor> | SetVariable<Descriptor> | Func<Descriptor> | CallFunc<Descriptor>; type Literal<Descriptor> = { type: "Literal"; value: number; }; type Variable<Descriptor> = { type: "Variable"; name: string; }; type SetVariable<Descriptor> = { type: "SetVariable"; name: string; value: Expression<Descriptor>; }; type Func<Descriptor> = { type: "Func"; argumentName: string; body: Expression<Descriptor>; }; type CallFunc<Descriptor> = { type: "CallFunc"; function: Expression<Descriptor>; argument: Expression<Descriptor>; };
続いて、プロパティが一つしかないグローバルなインタフェースを、各ノードの型毎に一つ宣言します:
declare global { interface ExtendExpression { plain: object; } interface ExtendLiteral { plain: object; } interface ExtendVariable { plain: object; } interface ExtendSetVariable { plain: object; } interface ExtendFunc { plain: object; } interface ExtendCallFunc { plain: object; } }
これらの、名前がExtend
で始まるインタフェースが、open type familyとして振る舞います。唯一のplain
というプロパティは、Expression
に何も追加しない、デフォルトの拡張であることを表します。
それから、keyof
演算子を使って、Expression
と各ノードに渡す型引数を、それぞれのExtend
で始まる名前のインタフェースにおける、keyに絞ります:
type Expression<Descriptor extends keyof ExtendExpression> = | Literal<Descriptor> | Variable<Descriptor> | SetVariable<Descriptor> | Func<Descriptor> | CallFunc<Descriptor>; type Literal<Descriptor extends keyof ExtendLiteral> = { type: "Literal"; value: number; }; type Variable<Descriptor extends keyof ExtendVariable> = { type: "Variable"; name: string; }; type SetVariable<Descriptor extends keyof ExtendSetVariable> = { type: "SetVariable"; name: string; value: Expression<Descriptor>; }; type Func<Descriptor extends keyof ExtendFunc> = { type: "Func"; argumentName: string; body: Expression<Descriptor>; }; type CallFunc<Descriptor extends keyof ExtendCallFunc> = { type: "CallFunc"; function: Expression<Descriptor>; argument: Expression<Descriptor>; };
それぞれのノードを表す型が、異なるインタフェースのキーで制限された型引数を取っている点に着目してください。例えばExtendLiteral
がLiteral
型の型引数を制限し、ExtendVariable
がVariable
型の型引数を制限していますね。これは各ノードの型に対して異なるプロパティを加える上で、重要な点です。
最後のステップとして、全てのノードの型を、対応するExtend
で始まる名前のインタフェースで拡張しましょう。交差型を作る、&
演算子を使うのが簡単です。そして、各ノード型に渡したDescriptor
型引数によって、Extend
で始まる名前のインタフェースのキーを指定します:
type Literal<Descriptor extends keyof ExtendLiteral> = { type: "Literal"; value: number; } & ExtendLiteral[Descriptor]; // <- ここを追記する type Variable<Descriptor extends keyof ExtendVariable> = { type: "Variable"; name: string; } & ExtendVariable[Descriptor]; // <- ここを追記する type SetVariable<Descriptor extends keyof ExtendSetVariable> = { type: "SetVariable"; name: string; value: Expression<Descriptor>; } & ExtendSetVariable[Descriptor]; // <- ここを追記する type Func<Descriptor extends keyof ExtendFunc> = { type: "Func"; argumentName: string; body: Expression<Descriptor>; } & ExtendFunc[Descriptor]; // <- ここを追記する type CallFunc<Descriptor extends keyof ExtendCallFunc> = { type: "CallFunc"; function: Expression<Descriptor>; argument: Expression<Descriptor>; } & ExtendCallFunc[Descriptor]; // <- ここを追記する
それで、ここからどのようにプロパティを好きなように追加できるのでしょう?グローバルに定義したExtend
で始まる名前のインタフェースを拡張してください。例えば、Variable
とSetVariable
にだけ名前空間の情報が入ったnamespace
というプロパティを追加したい場合、次のように拡張します:
declare global { interface ExtendExpression { namespace: object; } interface ExtendLiteral { namespace: object; } interface ExtendVariable { namespace: { qualifier: string }; } interface ExtendSetVariable { namespace: { qualifier: string }; } interface ExtendFunc { namespace: object; } interface ExtendCallFunc { namespace: object; } }
他の型のノードは拡張しないでおくために、namespace
プロパティを「あらゆるオブジェクト」を表すobject
型にしておいてください。typescript-eslintパッケージが推奨するとおり、この記事では{}
の代わりにobject
を&
演算子の単位元(何を一緒に適用しても結果が変わらないもの)として使用しています。
いよいよ、実際に新しいプロパティの名前を渡したExpression
型を使ってみて、どんな結果となるのか見てみましょう。
type MyExpression = Expression<"namespace">;
type
宣言によるエイリアスを一段階ずつ展開して、Expression
型がどう拡張されたのか確認します:
// (1) `Expression`型の定義に従って、 // 型引数`Descriptor`を`"namespace"`で置き換える: type Expression<"namespace"> = | Literal<"namespace"> | Variable<"namespace"> | SetVariable<"namespace"> | Func<"namespace"> | CallFunc<"namespace">; // (2A) `Literal`型の定義に従って、 // 型引数`Descriptor`を`"namespace"`で置き換える: type Literal<"namespace"> = { type: "Literal"; value: number; } & ExtendLiteral["namespace"]; // (3A) `ExtendLiteral`型の定義によると、 // `ExtendLiteral["namespace"]`は`object`となる: type Literal<"namespace"> = { type: "Literal"; value: number; } & object; // (4A) `object`に`&`を適用しても結果は変わらない: type Literal<"namespace"> = { type: "Literal"; value: number; };
以上の(2A)から(4A)は、Func
やCallFunc
にも同様に適用されます。続いてVariable
型も展開してみましょう:
/* (上記の(1)からの続き) */ // (2B) `Variable`型の定義に従って、 // 型引数`Descriptor`を`"namespace"`で置き換える: type Variable<"namespace"> = { type: "Variable"; name: string; } & ExtendVariable["namespace"]; // (3B) `ExtendVariable`型の定義によると, // `ExtendVariable["namespace"]`は`{ qualifier: string }`という型となる: type Variable<"namespace"> = { type: "Variable"; name: string; } & { qualifier: string }; // (4B) `&`演算子を適用する: type Variable<"namespace"> = { type: "Variable"; name: string; qualifier: string; }
以上の(2B)から(3B)は、SetVariable
型にも同様に適用されます。
ここまで展開してきた結果から分かるとおり、Variable
型とSetVariable
型のみがExpand
で始まる名前のインタフェースで拡張されました。このことから、グローバルに宣言したインタフェースをそれぞれ拡張することで、「Tree-Decoration問題」を解決できたことが分かります。
新たな問題: もっとシンプルにできないか?
前節までに解説した方法は、Haskellによる「Trees that Grow」を元の手法に近い形でTypeScriptに移植したものです。この方法は確かに、open type family(TypeScriptではグローバルに追記可能なインタフェース)を応用することで、入れ子になった再帰型をアプリケーションで必要なプロパティの分だけ自由に拡張できるようにしてくれます。
ところが、今度は新しい問題が生まれてしまいました。declare global
なインタフェースを使うというのは、とても遠回しなやり方なのです。コードを読んでいて初めてグローバルなインタフェースを見かけた人は、恐らく拡張する型との間にどんな関係があるのかを見いだすのに苦労するでしょう。既存のグローバル変数と似た問題を孕んでいるのです。
ここまでこの記事を読まれたあなたも、もっと簡単に理解できる方法を望んでいらっしゃるかも知れません。そこで私はTypeScriptでのもっと簡潔な解決策を編み出したので、以降で説明します。
不完全な方法2: すべての拡張を型引数にして、取り回す
まず始めに、「不完全な方法1: 拡張を型引数にして、取り回す」の節で紹介した方法を思い出してください:
type Expression<Extension> = Literal<Extension> | Variable<Extension> | SetVariable<Extension> | Func<Extension> | CallFunc<Extension>; type Literal<Extension> = { type: "Literal"; value: number; } & Extension; type Variable<Extension> = { type: "Variable"; name: string; } & Extension; type SetVariable<Extension> = { type: "SetVariable"; name: string; value: Expression<Extension>; } & Extension; type Func<Extension> = { type: "Func"; argumentName: string; body: Expression<Extension>; } & Extension; type CallFunc<Extension> = { type: "CallFunc"; function: Expression<Extension>; argument: Expression<Extension>; } & Extension;
この方法の問題点は、Expression
型が一つの型引数しか用意していないため、ノードの型によって拡張に使う型を切り替えられない、という点でした。
これは言い換えると、ノードの型の数だけ型引数を増やせば解決できる、ということでもあります:
type Expression< ExtendLiteral, ExtendVariable, ExtendSetVariable, ExtendFunc, ExtendCallFunc, > = | Literal<ExtendLiteral> | Variable<ExtendVariable> | SetVariable< ExtendLiteral, ExtendVariable, ExtendSetVariable, ExtendFunc, ExtendCallFunc > | Func< ExtendLiteral, ExtendVariable, ExtendSetVariable, ExtendFunc, ExtendCallFunc > | CallFunc< ExtendLiteral, ExtendVariable, ExtendSetVariable, ExtendFunc, ExtendCallFunc >; // ... 以下、ノードの型 ...
一目で分かる通り、ExtendLieteral, ExtendVariable, ...
といった型引数が、何度も何度も繰り返されています。これは、SetVariable
・Func
・CallFunc
型がExpression
自身を子ノードとして含んでいるからです。
そして当然の成り行きとして、これらの型引数は、すべてそうした型の定義でも繰り返し渡すことになります。例えばCallFunc
型は、次のような定義に変わります:
type CallFunc< ExtendLiteral, ExtendVariable, ExtendSetVariable, ExtendFunc, ExtendCallFunc, > = { type: "CallFunc"; function: Expression< ExtendLiteral, ExtendVariable, ExtendSetVariable, ExtendFunc, ExtendCallFunc >; argument: Expression< ExtendLiteral, ExtendVariable, ExtendSetVariable, ExtendFunc, ExtendCallFunc >; } & ExtendCallFunc;
この繰り返しは単に煩わしいだけでなく、メンテナンスを困難にするものでもあります。新しい種類のノードを追加・削除する際、型引数の順番を、各ノードの型をまたいで維持しなければなりません。これでは許容できないでしょう。
最後の方法: 型引数群を一つの構造にまとめる
普通の関数を扱うときの経験を思い出すに、こういう場合、全ての引数を一つの構造として扱えるようにして、中で呼び出す関数に渡して回る、というのが定石でしょう。例えば次の通りです:
type Arguments = { foo: string; bar: number; baz: boolean; qux: number | undefined; quux: string[]; }; function callee1(arguments: Arguments); function callee2(arguments: Arguments); function rootCaller(arguments: Arguments) { // ... callee1(arguments); // ... callee2(arguments); // ... } // v.s. 引数を一つの構造にまとめなかった場合: function callee1(foo: string, bar: number, baz: boolean, qux: number | undefined, quux: string[]); function callee2(foo: string, bar: number, baz: boolean, qux: number | undefined, quux: string[]); function rootCaller(foo: string, bar: number, baz: boolean, qux: number | undefined, quux: string[]) { // ... callee1(foo, bar, baz, qux, quux); // ... callee2(foo, bar, baz, qux, quux); // ... }
Haskellではこれを、open type familyを利用して間接的に実現する必要があったのです。他方TypeScriptでは、インタフェースとインデックスアクセス型を組み合わせることで、簡単に達成できます:
// それぞれノード型についてプロパティを一つ持ったインタフェース interface ExtendExpression { Literal: object; Variable: object; SetVariable: object; Func: object; CallFunc: object; } // `Extend`型引数についてデフォルト値を設定することで、簡単に扱えるようにする type Expression<Extend extends ExtendExpression = ExtendExpression> = | Literal<Extend> | Variable<Extend> | SetVariable<Extend> | Func<Extend> | CallFunc<Extend>; type Literal<Extend extends ExtendExpression = ExtendExpression> = { type: "Literal"; value: number; } & Extend["Literal"]; type Variable<Extend extends ExtendExpression = ExtendExpression> = { type: "Variable"; name: string; } & Extend["Variable"]; type SetVariable<Extend extends ExtendExpression = ExtendExpression> = { type: "SetVariable"; name: string; value: Expression<Extend>; } & Extend["SetVariable"]; type Func<Extend extends ExtendExpression = ExtendExpression> = { type: "Func"; argumentName: string; body: Expression<Extend>; } & Extend["Func"]; type CallFunc<Extend extends ExtendExpression = ExtendExpression> = { type: "CallFunc"; function: Expression<Extend>; argument: Expression<Extend>; } & Extend["CallFunc"];
拡張に用いるExtendExpression
インタフェースは、それぞれのプロパティがそれぞれのノード型に対応しています。故に、各ノード型ではExtend
型引数の一部分を抽出して使うことができます。しかも、Extend
型引数は、子ノード型で簡単に取り回すことができるのです。
サンプルコード
サンプルコードとして、何も拡張していないExpression
型の値にnamespace
を付けて変換する関数をこちらに作成しました:
https://github.com/igrep/ts-that-grow/blob/main/src/app.ts
是非試してみてください!
終わりに: 本当にHaskellでは不可能か?
最後に紹介した方法がその前の方法と比べてあまりにも単純なので、驚いている方もいらっしゃるかも知れません。一方元となった「Trees that Grow」の論文では、open type familyを使った比較的複雑な方法を要件として挙げています。その最も大きな理由は、TypeScriptにおける型引数を一つの構造に詰め込む機能を、Haskellが提供していないことにあるようです。
視点を変えると、このTypeScriptにおける「詰め込む」機能は、制限したバージョンの高階なtype family(高階関数のように、type familyを受け取るtype family)であるとも解釈できます。前述のExtend
型引数は、インデックスアクセス型を通すことで、プロパティの名前を受け取って型を返す関数だと見なせるのです。
TypeScriptとは異なり、Haskellではそのtype familyの制限によって、高階なtype familyを(少なくとも直接的な方法では)サポートしていません(参考: Higher order type families in Haskell – Stack Overflow)。しかしながら、実は私は何かを見落としているかも知れません。もし新しい方法が見つかったら、その時は別途執筆する予定です。
- 厳密な話をすると、引数の型はオブジェクトのキーになれる型であればどれでも構いません。具体的には
number
やSymbol
(のリテラル型)でも利用できます。↩︎ declare global
ブロックについては、TypeScriptのdeclareやinterface Windowを勘で書くのをやめる2022が参考になります。↩︎