PTP 高精度時刻同期サービスを始めました

2025年06月24日 火曜日


【この記事を書いた人】
岡田 裕夫(オカダ ヒロオ)

法人向けネットワークサービスの業務を担当した後、配信サービス等に従事。最近は、サーキットのネットワーク改善や、衛星ブロードバンド等を活用したサービス開発に関わっています。

「PTP 高精度時刻同期サービスを始めました」のイメージ

今回はIIJのグループ会社である、IIJエンジニアリングの土屋がサービスの裏話について執筆してくれた内容を紹介します。

サービス開発にあたり

PTPをNTPのように使いたい!と思っても、そう簡単には導入できないハードルがあります。時刻同期と言えばNTPが一般的かと思いますが、Precision Time Protocol(PTP)という高精度の時刻同期を実現することができるプロトコルも実在します。
NTPであれば、自前で簡単に適当なサーバを立てて公開NTPサーバと時刻同期すればよいですが、PTPの場合、GNSSから信号を受信するためのアンテナの設置から始まり、PTPタイムサーバの構築、PTP対応L2スイッチの構築等、特定のサーバがPTPで時刻同期するためにそれなりのコストが発生します。
PTPに興味がある方々が独自に導入しようとすると、おそらく同じような苦労が出てくるんだろうな、というのをある程度経験させていただきましたので、そんな苦労はせずとも、より手軽にPTPをご利用いただけることを目標に開発させていただき、IIJ白井データセンターキャンパス(以下、白井DCC)にてサービスをリリースしました。

PTPが必要とされる背景

回線速度の高速化や大容量化等に伴い、その時刻同期精度はNTPのミリ秒単位からマイクロ秒~ナノ秒単位の高精度を求められ始めています。金融サービス分野で取引の正確性がより厳密に求められていたり、映像伝送分野などではIP化の進展に伴い映像・音声同期の要件が高度化するなどしており、例えば、2018年からEUで適用されている金融業界向けの規制「MiFIDⅡ」(※1)や映像分野のIPネットワーク準拠の標準規格「SMPTE2110」(※2)に準拠する時刻同期要件は、NTPでは満たすことができません。利用業界は現状ある意味限られているとも言えますが、PTPがスタンダードになり、各ユーザごとの機器なども対応が必要になってくると次世代時刻同期プロトコルとして活躍していくかもしれません。(筆者の考えのため会社公式の見解ではありません)

※1 欧州連合(EU)の金融・資本市場に係る包括的な規制。2007年に施行されたMiFID(金融商品市場指令)を改正した規制。
※2 映像信号や補助データなどの役割の異なるメディアを同時に伝送できるIPネットワーク準拠の標準規格。

PTPのプロファイル(種別)

PTPでは利用するアプリケーションに合わせたプロファイルを選択する必要があります。プロファイルごとに通信方式が異なっており、ネットワークを構築する段階から考慮する必要があるのが面白いところです。例えば、プロトコルがMulticastやUnicastなどではVlanやルーティングの設計に大きくかかわってきますし、必要なネットワーク機器なども変わってきます。
特定のプロファイルへの対応の有無なども機種によって変わるため、利用したいプロファイルで設定できる機種を選定する必要があります。お客様が利用するエンドポイントの機器も同様ですので、PTP対応と⾔っても何に対応しているのかを確認する必要があります。
サービスではデフォルトプロファイルとして、映像信号や補助データなどの役割の異なるメディアを同時に伝送できるIPネットワーク準拠の標準規格である「IEEE1588 – 2008 v2」を採用しました。

PTP対応機器のコンポーネントについて

PTPに対応するためには冒頭に記載しました通り、時刻源となるGNSSから信号を受信するためのGNSSアンテナ、GNSSの信号を受けて信号をIPに変換し提供するPTPタイムサーバ、PTPタイムサーバから時刻同期情報を伝達するためのPTP対応L2スイッチ、終端のサーバ等の機器もPTP対応のNICを所有している必要があるなど、利用するためにはPTP関連機器がこぞって必要になります。
GNSSアンテナによって受信可能な信号や受信精度、セキュリティ対策なども変わってきます。PTPタイムサーバやPTP対応L2スイッチの組み合わせによって、提供可能なプロファイルや時刻同期精度が変わってきますし、可能なネットワーク構成も変わってくるため、機種選定はそれなりに大変です。メーカーはそこまで多くないですが、PTPに関する知識や経験がないとデータシートの内容だけでは想像と違う状態が出来上がったりもするため、メーカー側との情報のやり取りが基本的に必須となってきます。
その他汎用的な機種たちと違って公開されている技術情報やブログなども多くないため、ゴリゴリ手を動かして動作検証を重ねてまいりました。
PTP独特の考え方もあるため、プロトコル的にも興味深く検証自体もそれなりに楽しかったです。

GNSSアンテナ

アンテナの種類にもよりますが、我々が今回設置したのは画像のアンテナになります。テレビのアンテナの様に棒がいっぱい連なってるみたいなやつだと思ってたのでイメージと異なりました。白井DCCでは屋上にアンテナの設置工事が可能となっており、工事依頼をするとこのようにきれいに設置工事を実施してくれます。
アンテナの箱から出ている黒いケーブルは同軸ケーブルで、こちらが白井DCCの中まで引きこまれています。屋上にアンテナを設置する場合には、屋内のタイムサーバまでの配線距離をあらかじめ測定しておく必要があります。それはケーブルの種別や経由機器による伝送遅延や伝送損失があり、伝送損失レベルが許容範囲内でないとタイムサーバへの入力値に満たないからです。
タイムサーバまでの距離が短い場合は同軸ケーブルでもなんとかなりますが、距離が一定以上ある場合は間にアンプをかまして増幅させたり光ファイバーでの接続が必要になってきます。

白井DCCに設置されたアンテナ

アンテナというと雷が落ちてきたらどうするのかとか、他のビルとの干渉はどうなるのかなど気にする点がそれなりにありますが、白井DCCの場合は避雷針が設置されており、現状周りには高いビルなど特になくフラットな状態のため、きれいにGNSSの衛星群が見えます。タイムサーバがない状態でも、例えばフリーのGNSSアプリなどを利用することで以下の画像のように現在地でどの程度の衛星が観測できるのかが分かりますので、ご興味がある方はお試しいただければと思います。

「GNSS View」を用いた観測

機器の検討プロセス

PTP対応機器の主となる検討ポイントは4つあります。

1つ目は時刻同期精度になります。各業界ごとに定められつつある時刻同期精度を満たすものでないとそもそも意味がないわけですから、この点はとても重要です。タイムサーバとしての役割を持つものは出来ればナノsec単位の時刻同期精度の機器がいいですし、PTP対応スイッチやルータも経由機器として実現可能な時刻同期精度を確認しておく必要があります。実際に時刻同期精度を測定してみると、アンテナや接続に用いるケーブルの物理影響を受けるため理論値よりも値は多少変わってしまいますが、製品仕様から大きくオーダーが変わることはありませんでした。

2つ目は対応プロファイルの数です。PTPのプロファイルは前述した通り各業界ごとに仕様が異なるため、利用したい分野のプロファイルが対応しているかは重要なポイントです。タイムサーバが対応していても、経由するスイッチやルータが該当プロファイルに対応していないというパターンもありますので、全機器においてプロフォイルの確認が必要になります。一部機器ではカスタムプロファイルと呼ばれる任意のパラメータが設定できる機器もありますので、そういった機器を利用するのも一つの手ではあります。

3つ目は管理機能です。機器を設置して接続すれば利用はできますが、サービスでなくても自社利用の場合でも該当機器や通信を管理・運用する必要が出てきます。
そこで基本的な管理機能telnetやssh、webUIへのアクセス、コンソール、snmpなどに対応しているかは安定した運用を継続させるうえで必要な検討ポイントになります。何か障害が起きた際にいち早く気づけるように監視サーバで状態監視をできる必要が基本的にはあると思いますので、PTPに関連しないこういった機能の確認も必要です。

4つ目は言わずもがな値段ですね。PTP対応機器は数がそこまで多くないですが価格帯もピンからキリまであり、より高精度で多機能なタイムサーバなどはそれなりの値段がしますし、テスターに至っては数千万単位のものが多いため、大手企業でも導入へのハードルは非常に高いものと思われます。

サービス化までを振り返って

「PTPって何?」の状態からスタートした開発チームだったため、本サービスの開発の検討及び構築は、それはそれは難儀なものでした。具体的な利用シーンすら知らない状況から始まり、とりあえず機器を触ってみたり、試⾏錯誤してみてようやくPTPの動きが分かるようになったり。理解した!と思って動かしてみると思った通りに動作せずやり直しになったり。またトラブルシュートに必須となる時刻同期精度の指標とされるTime Errorを測る装置(テスター)が恐ろしく⾼価で、どうやって社内決裁を通すか悩んだりもしました。下の画像は屋内での検証時の様⼦ですが、なかなかの⼿作り感ですね。(後ろのアナログ線は倒れないように重しとして利用しているだけです。)屋内の検証時にはGNSSの⾒えない時間帯が発⽣するなどして時刻同期できないタイミングがあり、当初機器側の設定の問題と思い込みトラブルシュートに悩んだこともありました。
まずは白井DCCからのサービス提供ですが、他拠点への展開も検討していきたいと思います。

https://www.iij-engineering.co.jp/service/customer/ptp/

岡田 裕夫(オカダ ヒロオ)

2025年06月24日 火曜日

法人向けネットワークサービスの業務を担当した後、配信サービス等に従事。最近は、サーキットのネットワーク改善や、衛星ブロードバンド等を活用したサービス開発に関わっています。

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