エフェクターを遠隔操作「ネットワーク・ストンパー」(Maker Faire Tokyo 2019)

2019年08月02日 金曜日


【この記事を書いた人】
sasaki

IIJ コンサルティング部 公共コンサルティング課所属。学生時代に使っていたエレキギターを引っ張り出し、YouTubeで音楽理論を勉強している。好きなギターはテレキャスター。

「エフェクターを遠隔操作「ネットワーク・ストンパー」(Maker Faire Tokyo 2019)」のイメージ

はじめに

ライブのステージで、ギタリストの足元がどうなっているかご存じでしょうか。
エフェクターというギターの音色に変化を与えるための機器が並んでいます。
ギタリストはこのエフェクターに付いているスイッチを足で踏むことで、曲調やフレーズに合った音色に切り替えながら演奏します。

このエフェクター切り替え操作があるために、ギタリストはエフェクターの設置場所から離れることができません。
ギターソロの場面で、観客の目の前に行って弾きたくとも、曲のアレンジ上、音色を切り替える必要があるタイミングには、エフェクター設置位置から離れられないのです。
前に出るためには、エフェクターを切り替えてから前に出て、ソロが終わってから戻ってまたエフェクター操作するという手順が必要ですが、そうするとソロの間は同じ音色でプレイすることになり、ソロ中に音色を変えるようなことはできません。

そんなギタリストの、しかもライブ演奏というシチュエーションのみで発生するニッチな課題を解決するために、
エフェクターを離れた場所から操作するための装置を開発しようと考えました。

仕組み

ギタリストの手元にリモートスイッチを設置します。
腕などの身体に巻き付けてもいいですし、ギターのストラップやギターそのものに取り付けても構いません。
リモートスイッチを押すと無線LAN経由で信号が送信されます。

信号は制御装置によって受信されます。
制御装置は予め接続されているストンパーという装置を駆動させます。

ストンパーとは、エフェクターのスイッチを物理的に踏みつける装置です。
ストンパーは制御装置からの指示を受ける度にエフェクターのスイッチを一回押します。
これによってギターの音色が変化します。

リモートスイッチとストンパーは3系統接続できますので、3種類のエフェクターのスイッチを操作することができます。
コンパクトエフェクターを踏ませることもできますし、スイッチャーやマルチエフェクターのスイッチを踏ませることもできます。
エフェクター側でスイッチに割り当てる音色変化を自由に設定すれば、ほぼ無限の音色切り替えを楽しむことができます。

工夫した点

この仕組みを制作するにあたり、普段はIT系サービスやシステムの取り扱いを本業とする我々の経験が活かせる技術要素もあれば、その逆に全く未経験の技術要素もありました。
ここからは各技術要素において工夫した点を説明します。

通信・制御

リモートスイッチと制御装置間の通信には、インターネットで広く使用されているプロトコルであるIP(インターネットプロトコル)を使用しています。
3系統のリモートスイッチをIPアドレスによって識別しています。
リモートスイッチを押してからエフェクターが有効になるまでのタイムラグを極力短くするために、通信手順の簡潔なUDPを使用しています。

また、Maker Faireの会場では無線APが乱立し周波数帯が混雑することを想定し、再送の機会を少なくするためにパケットサイズは極小にしています。
また、無線LANのチャンネルはデフォルト値をそのまま使用するのではなく、会場の様子をみて変更できるようにしています。

基板

制御にはESP-WROOM-02を使用しています。
サイズが18mm×20mm×3mmと非常に小さく、各装置の小型化に大きく貢献しています。

制御装置の基板はオリジナル設計です。
KiCadで回路図を作成しています。
この回路図を基に基板のレイアウトを作成しますが、レイアウトデータを同じくKiCADで作成しています。
基板サイズは、コンパクトエフェクターのケースにちょうど納まるようにしています。
ガーバーフォーマットのレイアウトデータを基板制作会社にWeb経由で入稿します。
その後、2週間程度で、オリジナル基板が納品されます。

基板に乗せる電子部品は、リフローという方法ではんだ付けします。
リフローとは、はんだペーストを塗布して工業用オーブンで加熱する方法です。
一般的な、はんだごてを使う方法よりも、細かい電子部品が多い場合に適しています。

駆動部

エフェクターを踏みつけるストンパーの動力にはソレノイドという部品を採用しました。
ソレノイドは電磁コイルによって棒状のパーツが上下に運動する物で、コインロッカーの扉の鍵などに内部的に使用されている部品です。

ソレノイドでエフェクターのスイッチを押す構造を考えましたが、ソレノイドの押す力が思ったよりも弱く、力を補強する仕組みが必要となりました。
一つはおなじみのテコの原理を用いました。
シーソー状のアームを作り、ソレノイドが押す側を長くし、エフェクターのスイッチ側を短くすることで押し込む力を増強しました。
もう一つはバイアススプリングです。
スプリングの力でアーム部分に予め持ち上げる力を加えておきます。
すると、少ない力で最後の一押しを押せるようになります。

ケース

基板や配線等の電子部品を納めるちょうどいいサイズのケースを自作しました。
FreeCADというオープンソースのCADを使ってケースの構造を設計します。
出来上がった立体のデータは、3Dプリンタでアウトプットします。
素材はABS樹脂という合成樹脂で、プラスチックの一種です。
出力後は、研磨、着色、接着などの加工も可能です。

ギタリストの様々な利用方法を想定し、Type-A、B、Cの3種類のケースを作成しました。
3Dプリンタで成形する場合、毎回同じ形にする必要がありません。
アイデアさえあれば、いくつかの利用方法を想定してベストと思える形をデザインして毎回異なった形状をアウトプットしても構わないのです。
形を統一して生産の効率を上げるという、大量生産のアプローチと全く違った考え方ができるのが、デジタルファブリケーションの良いところです。

プロジェクトマネージメント

経験のない物を構築するプロジェクトは、各タスクにかかる時間が読めないことがあります。
また、各工程が成功するかどうか不明ですし、さらにどのような手段によって構築が可能なのか検証してみないと判断が付かないこともあります。

プロジェクト管理の基本に立ち返り、コミュニケーション重視で進めることにしました。
週に一回の定例ミーティングを設定し、毎回アジェンダを用意し各パートの進捗状況、検証結果の共有を行いました。
普段のコミュニケーションには、Microsoft Teamsを使い、相談や検証結果の共有、そして調達品の連絡等を行いました。
Teamsは試作品などの画像が共有できて、それについてコメントがやりとりできるのが良いところです。

採用するパーツが思いのほか小さかったりして、設計全体をさらによい方向に変更するような場面もありました。
設計情報を資料に記載しつつ、変更があった場合はその資料を更新することでメンバー間の認識を合わせながら作業しました。

楽器として

発案当初、ギターにスイッチを埋め込むなど、ギター本体を改造するアイデアもありました。
しかし、ギターは木材と金属部品による共鳴を音にする楽器です。
既存のギターの部品のバランスを崩すのは好ましくないと考え、音への影響が極力出ないように、リモートスイッチはストラップや演奏者に装着する方式としました。

また、エフェクターを改造してエフェクター内部に直接信号を送り制御するという案もありました。
しかし、エフェクターには歴史的希少価値がある物もありますし、エフェクターの回路もまたバランスを崩したくありませんでした。
それに、エフェクターを改造する方式にすると、使いたいエフェクターごとに改造することを考えなくてはならなくなります。
既存のエフェクターのバランスを崩さず、より多種類のエフェクターに対応できるようにしたい、ということで物理的に踏みつける、という方式に落ち着きました。

ギタリストのニッチな要求に応えるべく始めたこの開発ですが、思いのほか使える物ができました。
プロのギタリストの方、これ使ってみませんか?

以上、Makerを面白いと思っていただければ幸いです。

関連リンク

本記事で登場した基板の設計を行ったエンジニアが、その中身を詳しく解説した記事もあります。
あわせてご覧ください。

sasaki

2019年08月02日 金曜日

IIJ コンサルティング部 公共コンサルティング課所属。学生時代に使っていたエレキギターを引っ張り出し、YouTubeで音楽理論を勉強している。好きなギターはテレキャスター。

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