農業向けの温度データ分析始めました ~育苗ハウスで水田センサーを活かせるか~

2021年11月25日 木曜日


【この記事を書いた人】
井田 明

2019年にIIJに入社し、2021年から農業IoTチームに参加しています。農業(野菜)IoT歴は2015年からですが、水稲の知識は仕入れているところです。実は研究歴は10年で博士号の学位取得者だったりします。

「農業向けの温度データ分析始めました ~育苗ハウスで水田センサーを活かせるか~」のイメージ

こんにちは、IIJの井田です。

最近ではスマート農業という言葉をよく耳にするようになってきておりますが、皆様スマート農業とはどういうものか既にご存知でしょうか?
実はスマート農業や農業IoTは2010年代半ばから始まっており、既に様々なサービスや機器類が市販されています。農業方面についてご存知な方でしたら、「遠隔モニタリング」・「自動潅水システム」「農業ドローン」などという言葉は耳にしかことはあるかもしれませんね。そうした中でIIJでも農業の効率化と生産者の利益を追求するスマート農業のソリューションの一つとして「IIJ スマート農業システム MITSUHA」を展開しており、水田の水管理に特化した水田センサー「MITSUHA LP-01」で、水田の水位を遠隔監視できるサービスを提供しています。

IIJの水田センサーの利活用方法の拡大に向けて

IIJの提供している水田センサーは主に水稲栽培の水管理に使われており、水稲栽培の育成の中でも水管理が必要な「活着期」「分蘖期(ぶんげつき)」「幼穂形成期」「穂ばらみ期」「出穂開花期」「登熟期」といった生育ステージで、5月~9月のおよそ半年間利用されています。

では、それ以外の期間はどうでしょうか。農業生産者の仕事は水管理だけではありません。水田管理以外の時期には水田の土づくり、モミから苗を育てる発芽や育苗の作業、露地野菜の生産、ビニルハウスでは野菜の栽培など一年を通して様々な仕事があります。
一年間ほぼ休みなく仕事をしている中で、せっかくであれば水田センサーを通年で利用できるように活用シーンを増やしていきたいと思っております。そこで今回は水田センサーの温度計測を育苗期間に活用するため、実際に育苗ハウスに設置して、「水田センサーを育苗ハウスでも活用できないか」、「せっかく取れたデータから何か見えることはないだろうか」という2つのポイントに着目しながら実証実験を進めてまいりました。

a. 水稲生産の育苗の重要性

水稲を作る場合に昔から言われていることで「苗半作、苗代半作」という言葉あるとおり、育苗の過程が大変重要になります。その作業がどんなに大変なものかということをあらかじめ知っておく必要があります。
育苗から田植えまでの作業は大きく分けて、

1. モミの消毒、塩水選
2. 播種、発芽
3. 緑化、硬化
4. 田植え

と、段階を踏んで田植えまで進みますが、ここで手を抜いてしまうと稲の病気、生育度合いが不均一、苗の軟弱化、徒長など様々な障害を引き起こしてしまう可能性があります。この期間の育成が重要であるにもかかわらず、春先という気温がやや不安定な時期ということもあり、大変気を遣う作業になります。
実際の温度管理はどうなっているかというと、

・発芽前は30℃前後で1~1.2cmまで成長させる
・緑化時は昼間22~25℃程度、夜間15~18℃程度に維持
・硬化時期は昼間18~30℃、夜間1215℃程度にし、極端な温度ストレスを防ぐ

という細心の注意を払う作業となります。
今回の目的は水田センサーで育苗ハウスの気温を測定することで「労力を減らして」「立派な苗を育てる」ことに役立たせることなので、適当に温度センサーを置いて何かデータが取れただけでは目的達成とはいえません。そこで、温度の測定方法についても考慮しながら進めました。

b. 育苗ハウス内に水田センサーを設置する方法の検討

通常のハウス内の環境測定をする場合であれば、作物の高さに合わせて地上1.5m地点、生長点付近の測定、地温の測定、ということが考えられますが、今回の育苗に関しては苗箱を床に直置きしています。
苗の環境を正しく評価する必要もあるので、今回は育苗ハウス内の気温を通常のハウスで利用する場合と、苗の環境に近い状況を模した形を想定して以下3パターン測定してみました
(水田センサーは簡易百葉箱で日射の影響を除外できるようにしています。簡易百葉箱について、詳しくはこちら

①苗と同様に地面に直置き
②ハウス内の気温測定用に地上50 cm
③-1最初は直置き、③-2途中から地上50 cm

地上50cmはビニルハウス内の気温を正確に反映するため、おそらく14時ごろに頂点となり、日の出直前に最低気温となると思われます。また、曇りや雨の日であれば、大きな山なりのグラフの形にはならずに、平坦なだらかな山なりのグラフになるのではないかと予想できます。
直置きの温度センサーは地面の温度の影響を強く受けるはずなので、14時より少し早めに頂点になりつつも、平均的になだらかな山なりのグラフになり、夜間も下がり過ぎずに緩やかな下り坂のグラフになるのではないかと考えられます。
明確に気温と地温を測定しているわけではないので、実際にはどうなるのでしょうか。

c. 測定した結果から見えてきたこと

およそ1か月間の温度を測定した結果をプロットして見比べてみました。下のプロットのうち①の水色の線は期間中は直置きしていたセンサーです。②は期間中地上50cmに設置していたセンサーです。③は最初直置き(センサー設置写真③-1)していたところ、5/12の日中に地上50cmに変更したセンサー(センサー設置写真③-2)になります。

こうしてみると、どれも一緒で大体重なって見え、日中は30℃付近まで上昇し早朝に最小値を記録しているのは期間全体を通して変わらない傾向ですね。山なりグラフの高低差が少ない日はいずれのセンサーも同じ傾向を示しているので、曇りもしくは雨だった日と推測できます。

さらに細かくみると特徴的な個所が見られます。例えば5/4~5/14まで明け方の最低気温では②が突出して低くなっています。
そこでもう少し詳しく確認するためにそのあたりのグラフを拡大すると、

 

12日の変更を境に夜間の温度変化が変わっているのがわかります。夜間の温度変化に焦点を絞るため、AM05時だけピックアップしてそれぞれの相関関係をグラフ化してみましょう。

二つの要素がどのくらい近い変動をしているかを数値的に解析する手法ですが、なかなか聞き慣れないことかと思いますので簡単に説明します。
例えば今回の場合では同一時刻の温度を一旦表として作成します。センサー①②③それぞれ同時刻の気温を抽出して、以下の表のようになります。
通常であれば時刻に対して温度をプロットしていますが、この場合は①の温度に対して②の温度をプロットします。

そうすると上記のようなプロットが作成できます。これを赤線のようにY = a×Xの式に載せて最も近しい一次関数の式で表します。完璧に一致していればY = 1 × Xの式にすべてが乗ってくるのですが、ずれが大きくなるにつれて1の個所がずれていきます。
これをすべての測定点に対して同一時刻の温度をそれぞれ抜き出して「5/1-5/12の①③比較」、「5/1-5/12の②③比較」、「5/13-6-13の①③比較」、「5/13-6/13の②③比較」の4つのプロットを作成し、それぞれの近似直線を引いてみました。(Y = a × Xのaを算出するのは最小二乗法という統計学的な手法を使っていますが、今回はExcelにお任せしています)

 

それぞれのグラフにy=a×xの近似式を載せてaに当たる箇所の係数を比較してみます。そうすると、最初のグラフで全体を見た時と同様の結果が数値的にみえてきました。
下の表にわかりやすくまとめ、係数が1.0に近い結果を示した個所を赤、1.0000から離れている結果を示した個所を青で示したところ、5/1~5/12は①と③が重なっていたとおり、0.9919と極めて1.0000に近く、②と③がずれていた箇所は1.10321.0000から遠いという結果がでました。また、5/13~6/13にかけても最初に予想していたとおり①と③の比較では0.9235、②と③の比較では1.002という結果であり、こちらも予想どおりでした。1.00に対して、1.100.92ということは平均的に10%ほど違っている、ということです。

5/1-5/12 5/13-6/13
①③比較 0.9919 0.9235
②③比較 1.1032 1.0020

地上50cmと床置きで夜間の温度がずれている理由としては、しっかり検証しているわけではありませんが、おそらく地熱の保温効果ではないかと想像しています。ずれる理由を詳細に調べる必要が出てきたら、しっかり検証してみてもいいかもしれませんね。地熱の影響ということは、日中の温まり方にも実は影響が・・・、などと気になるところは出てきますが、今回は割愛します。
育苗ハウスの温度測定で水田センサーを活用するという点については問題ないこともわかりましたので、センサーの設置方法や設置位置と苗の生育状況を比較をしながら詳細なデータをとり、より詳細な研究をする準備ができてきたのではないかと思います。次回は実際の生育状態とセンサー値を組み合わせて何が言えるのか、という方向で研究を進めて行きたいと思います。(具体的な内容を書いてしまうとネタバレになってしまうのでご容赦を・・・!)

育苗期間に水田センサーを活用した結果

今回の結果を実際に毎日作業されている「すがたらいす」さんのご担当の方に聞いてみたところ、
「朝の気温の上がり始めが最も気になるので、警報が飛んでくるのはありがたい」
「地上150cm付近で測定している気温は直感とずれており、直置きで測定している温度のほうが正しく感じる」
「育苗ハウスの窓の開閉作業が必要な時期であれば、現場に行く行かない、巡回の順番をどうするか、を遠隔から判断できるようになった」
とのことでした。高温になることが特に危険であり、そこが回避できることや巡回の順路を決められるというのが最も役立つところのようでした。
結果的には、「育苗ハウスでも水田センサーは十分に有効」ということと、その時には「直置きで設置して、苗の環境を適切に測る必要がある」ということがわかりました。

今回のように温度を計測するということだけであればIT農業を使わずとも温度計だけで昔からできる方法ではありますが、このケースのように夜間の温度の変化を詳細に追跡することができるようになったのは、やはりITの力のなせる業ではないかと思います。これを人の手でやろうとすると、、、
・深夜にハウスに移動
15分毎に3か所の温度を測定
・記録した温度をデータ整理
・これを1か月間・・・
できるかできないかと言えば確かにできますが、何かよほど強い信念が無ければやりませんよね。さらに、ハウスが離れていれば15分毎に各地の温度を正確に測定すること自体不可能な場合もあります。
そう考えるとIoTのおかげで今まで見えてこなかった現場の実態がわかるようになってきたとも言えるかもしれませんね。
まだデータ活用に関する研究は始めたばかりとなりますが、最終的には苗の環境を整えることで病虫害に強い作物の育成や苗の栽培環境の安定化など攻めのIT農業に繋がるデータ活用に繋げていかなければと思います。

最後に

IIJで提供している水田センサーMITSUHA LP-01もそうですが、現在提供されているスマート農業に関するサービスは遠隔から農場を監視するものや遠隔で機器類を操作するものが非常に多くあります。その中で、今後スマート農業はどのような形発展していくのでしょうか?
スマート化を進めるうえで良く分類されることとして、「守りの〇〇」「攻めの○○」などと言われることがあります。農業で言うと、守りのIT農業、攻めのIT農業という言葉が使われることもあります。
守りのほうは「失敗を防ぐ」・「生産を安定」・「労力削減」などとなり、例えば遠隔モニタリングをすることや、場合によっては遠隔操作や自動制御などになるかと思います。IIJの水田センサー「MITSUHA LP-01」もその中に含まれると言えます。
それに対して攻めのほうはというと、「高単価」、「高収量」、「販路の拡大」を目指すこととなり、蓄積したデータや、ITを活かしたコミュニケーションなどを如何に活用して今まで以上に売り上げを伸ばしていくかとなります。

①遠隔モニタリング
現状でかなり多くのサービスが展開されている分野が「遠隔モニタリング」です。これらの目標としているところは主に「異常時の通知」、「巡回労力の削減」、「記録作業の負荷軽減」といった、農業生産者の基盤を「守る」ためのITサービスと言えます。農場の環境情報を測定することができるようになると、負荷軽減だけでなく今まで管理しきれなかったところに手が回るようになるといったメリットや、いわゆる「長年の経験」といわれている個所を数値化できることなどもあります。

②遠隔操作・自動制御
モニタリングができるようになることで環境制御も高度化が進み始めています。従来から施設園芸では自動温度調節機器をはじめとするさまざまな環境制御装置が利用されていますが、現場でしか制御盤に指示が入力できないため、現地への移動や緊急時の現場対応にはまだまだ課題が残されていました。①の遠隔モニタリングができるようになったことで制御機器のIT化も進み、遠隔制御や機器稼働状況のデータ化といったことも可能となり始めています。

③地域内のローカルデータの活用
「制御機器の稼働情報の共有」、「県内の研究機関と農場の栽培状況・環境情報の共有」などから生産を最適化し、収量・品質の向上に繋げたり、コミュニティを広げる方向に繋がるのではないかと思います。

④データビジネス・バリューチェーンの活用
さらに進むとデータ自体からお金を生み出すサービスに繋げていくことや、自動記録やコミュニケーションツールを活用することで、生産者自身がフードバリューチェーンを構築できるようになっていくのではないでしょうか。

③④に関しては最先端を行く生産者は既に経営にデータを活用し始めているということも聞くようになり始めており、これから徐々に発展していくことも予想されますので、農業経営にデータを活用するのがあたりまえな将来は5年後10年後という近いところまで迫っているのではないでしょうか。IIJとしてもデータを活かした農業を牽引していくためにも、今回ご紹介した内容を含めデータ活用に関する研究例を数多く取り組み始めております。農業生産者の方々は一つの生産法人で水稲だけ、とは限りませんし、その他さまざまな作物を育てることで畑の遊休期間を減らしている場合や、春~秋は水稲栽培・秋~春はハウス栽培としている場合など、年間を通して作物の栽培をしています。そこで、水田センサーも水稲以外の作物でも利用してもらえるように、利用シーンの拡大や実績作りをしていますので、データを活用した栽培品質の向上を目指すことなどの、別方面のお話しについてもできればと思います。乞うご期待ください。

 

※本実証実験については「岐阜県農政部農政課」様および「有限会社 すがたらいす」様にご協力いただきました。誠にありがとうございました。

井田 明

2021年11月25日 木曜日

2019年にIIJに入社し、2021年から農業IoTチームに参加しています。農業(野菜)IoT歴は2015年からですが、水稲の知識は仕入れているところです。実は研究歴は10年で博士号の学位取得者だったりします。

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