マルチステークホルダーって何だ (Internet Governance Forum ~ IGF Kyoto 2023)

2023年10月04日 水曜日


【この記事を書いた人】
doumae

IIJ 技術担当部長 インターネットの技術を紹介するのがお仕事です

「マルチステークホルダーって何だ (Internet Governance Forum ~ IGF Kyoto 2023)」のイメージ

2023年9月に開催されたAPNIC 56 Confierenceを紹介する記事で「インターネットを統治する仕組み」=インターネットガバナンスについて触れました。

設立30周年記念 APNIC 56 Conferenceが京都で開催

この記事でも紹介した、国連が主催するInternet Governance Forumの年次総会IGF Kyoto 2023が、2023年10月8日から、京都で開催されます。IIJは、IGF Kyoto 2023の会場に併設される展示会「IGF Village」にブースを出展いたします。

「インターネット・ガバナンス」ととても壮大な名前がついた、しかも国連主催のイベントですが、日本ではあまり知名度がないように思います。IGFとはいったい何なのか、その背景を解説いたします。

アメリカから独立したインターネット

インターネットにつながる最初期の研究の資金がアメリカ国防総省の研究資金から出ていた(※)ことはよく知られていることかと思います。また、インターネット拡大のきっかけとなったアメリカのNSFNET(全米科学財団ネットワーク)の構築・運営など、初期のインターネットがアメリカ政府とアメリカ政府が管理する予算に密接な関係の元運営されていたのも事実です。

(※)ただ、これをもって「インターネットは軍事技術」と言うのは、いささか飛躍があるように感じています。国防高等研究計画局(DARPA、当時はARPA)は直接軍事と関係の無い研究にも資金を供出しています。

しかし、その一方で、1990年代から急速に拡大したインターネットは、主に民間によって形作られていきました。世界各地に広がり、相互に接続されたネットワークは民間の投資によって拡大され、互いのネットワークをどのように接続するかは市場の原理によって決められました。また、インターネットで共通に利用される技術は、IETFを初めとしたオープンな場に参加する研究者・エンジニアによって検討・実装されています。こうした人々は、しばしば「インターネットコミュニティ」と呼ばれています。

このように、インターネットの拡大は民間の力によってなされてきましたが、インターネットを構成する限りある資源……IPアドレスやドメインなどをどのように利用するか、その調整を行なう役割は、じつは長くの間、形式的にアメリカ政府の監督下に置かれていました。これら資源の調整を行なう「IANA」という権限は民間団体である「ICANN」の中にありましたが、ICANNがその役割を担うことは、アメリカ商務省との契約に基づいていたのです。

インターネットが拡大する中、アメリカ政府とインターネットコミュニティは、様々な議論がありつつも、この状態を解消し、インターネットの管理をアメリカ政府から独立させることを選びました。最終的に、2016年9月末をもってアメリカ政府はICANNとの契約を解消し、ICANNは独立して資源の管理に当たることになりました。

こうしてインターネットはアメリカ政府からの独立を果たす事となったのです。

インターネットのステークホルダー

インターネットは民間の人々の集まりによるコミュニティによって方向性が決められるようになりましたが、そこには様々な立場の人々が参加することが許容されなければなりませんし、そこで行なわれる議論の透明性も必要になります。また、インターネットが社会の重要なインフラと見なされるようになると、インターネットに政府が全く関与しないと言うことも非現実的です。

そこでインターネットでは、コミュニティ(産業・学術・市民など)と、政府がそれぞれ同じ立場で議論に参加する、「マルチステークホルダー」という体制が取られることとなりました。これは、国際的な議論の場に、様々な立場のコミュニティと各国の政府がそれぞれ対等な立場で参加するというものです。

「マルチステークホルダー」体制は、国単位で議論に参加する「マルチラテラル」体制と対比するとわかりやすいでしょう。

マルチラテラル体制では、議論の場(国際会議など)には各国政府の代表団が参加して議論を行ないます。その前提として、各国の業界団体や研究者などは国内で意見や利害関係を調整して「政府の意見」をまとめ上げることになります。通信の世界では、インターネット以前からある電話がこのような体制で国際的な調整を実施しています。

マルチステークホルダー体制でもそういった意見の調整が行なわれる場合もありますが、仮に意見がまとまらなかった場合でも、同じ国の中からそれぞれ異なる意見を直接議論の場に定義できるというメリットがあります。

インターネットガバナンスフォーラム

インターネットガバナンスフォーラム(IGF)は、こうしたインターネットのマルチステークホルダー体制を実現するための議論の場の一つです。

この会議には、世界中のあらゆる立場の人が参加することができます。また、議論すべき課題も広く募集されており、様々な立場からの提案が寄せられています。

IGF 2023のWebサイトに書かれたセッションの一覧を見ていると、「テロリストのAI利用についての問題提起」があったかと思えば「サイバースペースにおける女性の活躍」についてのセッションがあったりと、多種多様です。(残念ながら私も全体を見ることができていません。例に挙げたセッションはたまたま目についたものです)

このように、インターネットについて様々な課題が提起され、自由に議論できる場が設置されていることが、マルチステークホルダー体制が機能していることの一つの証と言えるのではないでしょうか。

マルチステークホルダーに反対する政府

実は、国際的に見ると、インターネットのマルチステークホルダー体制に反対する声もあります。

この記事の最初に紹介したとおり、アメリカ政府はインターネットに対する自国の関与を減らし、マルチステークホルダー体制に移行することを後押ししてきました。また、ヨーロッパ各国や日本の政府も、マルチステークホルダー体制を支持し、この体制に参加しています。これらの国々の政府は、インターネットは民間の自由な活動によって発展してきたものであり、これからも民間ができるだけ自由に活動できるようにすべきである、政府の規制は最小限にとどめるべきであるという理解を共有していると言えます。

しかし、世界の中には、インターネットは国家が管理すべきであると考えている政府も存在します。そうした立場の政府にとっては、自国民が政府の頭を飛び越えて他国の人々と議論するようなマルチステークホルダー体制は受け入れられないでしょう。

こうした考え方を持つ政府の代表として、中国とロシアが挙げられます。両国は、インターネットの管理をマルチステークホルダー体制からマルチラテラル体制に移行すべきだと主張しています。また、インターネットやICT技術がまだ充分に発展していない国々の政府の中にも、これに同調する動きがあります。

こうした対立構造は2015年ぐらいから発生していましたが、昨今の国際紛争(戦争)・経済摩擦をきっかけに対立が先鋭化しているのが2023年の状況です。

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IIJ副社長でもある谷脇 康彦が9月に上梓した書籍「教養としてのインターネット論」第4章「デジタル民主主義を巡る対立」にて、ここで取り上げたインターネットのガバナンスを巡る対立が論じられています。(紙の書籍、および電子書籍で読むことができます)

教養としてのインターネット論 世界の最先端を知る「10の論点」

インターネットのことを考えてみる機会

 この記事では、インターネットがどのように管理されているのか、インターネットガバナンスについて、そのさわりを紹介しました。

こんな記事を書いてはいますが、私もインターネットガバナンスについて日常的に考えているわけではありませんでした。しかし、2023年は、IETF 116 Yokohama (3月)、G7群馬高崎デジタル・技術大臣会合(4月)、APNIC 56 Vonference in Kyoto (9月)、そしてIGF Kyoto 2023(10月)と、インターネットに関わる国際的な会議が立て続けに日本で開催され、しかもそのすべてに出展者として関わるという偶然があり、「インターネットがどのように管理されているのか」について改めて勉強することになりました。

その勉強の中でふと気がついたのは、これらの議論の経緯がインターネット上で公開されていると言うこと、そして、多くの出来事については日本語での解説が用意されていることです。その一つの入り口として、JPNICのインターネットガバナンスに関するポータルを紹介いたします。

この10月のIGFを持って、日本における「インターネットガバナンスの季節」は一旦落ち着くかもしれません。しかし、この先もずっと、インターネットがどうあるべきかという議論は続きます。こういった営みがあると言うことを是非忘れずに覚えていただけたらと思います。

doumae

2023年10月04日 水曜日

IIJ 技術担当部長 インターネットの技術を紹介するのがお仕事です

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